舞鶴公園
平成最後のお花見に行ってきました。
福岡市中央区の舞鶴公園です。
福岡市ではすでに満開情報が出ていたのですが、公園内の桜は八分咲きといったところでしょうか。
平日にもかかわらず多くの親子連れやカップルがお花見をしていました。屋台や大道芸なども出ていて楽しそうでした。
ここは市内でも有数の桜の名所で大濠公園や福岡城址もあり、福岡市民の憩いの場となっています。
現在は芝生広場となっている平和台球場跡地から奈良・平安時代の鴻臚館跡が見つかりました。鴻臚館というのは現在の迎賓館のような施設で外交使節の一時的な滞在場所として利用されました。1999年から始まった発掘調査の結果多数の遺物や遺構が出土し、公園内の鴻臚館跡展示館には復元された鴻臚館の遺構の一部や木簡・越州窯青磁・長沙窯磁器・荊窯白磁・朝鮮半島産の陶器・中東産青釉陶器・ペルシアンガラスなどの遺物が展示されています。鴻臚館は後に行政機能が太宰府政庁に移され、新元号【令和】の切っ掛けとなった万葉集に歌われた梅花宴(太宰府長官大友旅人が催した歌会の宴)が行われました。太宰府展示館では当時の梅花宴を再現したジオラマも展示されています。太宰府天満宮にお出かけの際はぜひ太宰府政庁跡(太宰府市坂本八幡宮付近)にもお立ち寄りください。
平和台球場といえば、かつて稲尾和久投手が大活躍した西鉄ライオンズ(現在の埼玉西武ライオンズ)のホームグランドでした。
1958年の日本シリーズでは、3連敗の後の4連勝で日本一になり、稲尾投手は第2戦を除く他の6試合に登板し優勝の原動力となりました。特に第5戦では自ら劇的なサヨナラホームランを放ち、第6戦、第7戦と先発完投勝利などとてつもない活躍で、「神様、仏様、稲尾様」なんてライオンズファンからの賛辞も話題になりました。まるでエンジェルスの大谷翔平投手を彷彿させます。
ちなみに、現在の福岡ソフトバンクホークスの前身は、大阪難波にあった大阪スタジアムをホームとした南海ホークスだったってご存知でしたか。
南海ホークスはその後ダイエーホークスとなり、平和台球場が史跡公園として整備されることになるまでこの球場をホームグランドとして使用してましたよね。こんな話を知っているなんてなんと長い人生だこと……